地震

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最初はいつもの地震だと思い、仕事を続けていましたが、
揺れが段々と大きくなり、揺れが収まる気配もない中、
会社のビルの壁の中から「メキッ」という音が聞こえてきた時点で
身の危険を感じ、急いでビルの外に避難しました。

ビルの外に出ると、周囲の会社からも人が避難していて、
歩道は人で埋め尽くされていました。

歩道から周囲のビルを見ると、尋常じゃない位揺れていて、
今にも崩れてきそうな恐怖感に押し出され、
日比谷通りの中央分離帯まで避難しました。

最初の揺れが収まった後に、一度オフィスに戻り、
荷物と上着を取り、また外に出ようとした時に
まさかのタイミングで書留郵便が届きました。
※郵便配達人さんのプロ根性にはたまげましたが、避難しましょうよ。

その後、日比谷公園に避難しましたが、

日比谷公会堂が地震によるダメージで亀裂が入り、近づけなくなっていて、
さらには避難してきた多数の人達で、あまり身動きができないので、
揺れが収まった事もあり、30分程で会社に戻りました。
※日比谷公園に着いた時に我社の代表Aが
「株を売っておけばよかったな」と呟いたの自分は聞き逃しませんでした。

会社に戻り情報を集めていると、
JRが終日、運転を見合わせるという事で歩いて帰る事もできないので、
早々と会社に一泊する事が確定してしまいました。

食料確保のためにコンビニに行くものの、
動き出しが遅かったのか、既にパンや弁当はなく、
スナック菓子を買うのがやっとでした。

その後は日比谷通りの歩道は徒歩で帰宅する人で溢れ、
車道は上下線とも車が渋滞している異様な光景が続きました。

職場にテレビがなかったので、地震の全体像を掴めないでいたのですが、
ニコニコ動画でNHKとフジテレビを放送しているとの事だったので、
デスクトップPCとMacbookを二台使って両番組を視聴し始めたところ、
驚愕の光景に言葉を失いました。

夜は仕事も手に付かなかったので、
夜通し報道番組を見ながら、緊急地震速報が流れる度に
サンダルから革靴に履き替えるという作業を何度も繰り返し、
外から絶え間なく聞こえる救急車のサイレンの音を聞きながら夜明けを迎えました。

夜が明けて、JRが動き出したというニュースがあったので、
帰り支度をし、新橋駅に向かいましたが、
ホームで人が溢れていて電車に乗るのを断念し、徒歩で東京駅に向かいました。

そして東京駅で京浜東北線に乗り、大宮駅までどうにか脱出しましたが、
大宮より北に電車が動いていないため、ここでスットプ。

喫茶店で時間を潰しつつ、情報を収集し、
どうにか18時頃に丸一日掛けて家に辿り着く事が出来ました。

今回の地震では携帯電話が通じない中、
役に立ったのが、twitterとskype、そしてiPhoneでした。
あと、無料で使えた公衆電話も有難かったです。

特にtwitterに関しては、様々な情報が収集でき、
さらに知り合いの安否や地元の様子も確認できたので、かなり重宝できました。

今回、自分はこのように帰宅難民として多少の不便を味わいましたが、
被災地の東北地方の方々に比べれば、全く大した事はありません。

文末になってしまいましたが、
東北地方太平洋沖地震にて被災された皆様にお見舞いを、
また亡くなられた方にお悔やみを心より申し上げます。

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