「オールド・ボーイ」のパク・チャヌク監督、ミア・ワシコウスカちゃん主演の「イノセント・ガーデン」を観てきた。

ストーリーは、
外部と隔絶された大きな屋敷に暮らす繊細な少女インディアは、18歳の誕生日に良き理解者だった父親を事故で失う。母とともに葬儀に参列していたインディアだったが、そこへ行方不明になっていた叔父が突然現れ、一緒に屋敷で暮らすことになる。そのことをきっかけにインディアの周囲で不可解な現象が起こるはじめる。

今年の春にソウルの地下鉄の駅で、この「イノセント・ガーデン」のポスターが多数貼られているのを見て不思議に思っていたのですが、監督がパク・チャヌクだったからなのですね。韓国ではミア・ワシコウスカちゃんか、ニコール・キッドマンの人気が高いのかと思っていたのですが、この映画を観て、謎が解けました。

そして監督がパク・チャヌクということで、「オールド・ボーイ」同様にかなり過激な映画なのではと期待をして映画館に行きましたが、扱っている内容こそ過激なものでしたが、内容の方は上手にまとまった話になっていましたね。

物語の前半こそ、叔父のチャールズの異常者ぶりがクローズアップされていましたが、物語の中盤以降はミア・ワシコウスカちゃん演じるインディアの「目覚め」が描かれていて、映画を観終わった今となっても、インディアは生まれながらの異常者なのか、それともチャールズと遭遇したことによって、インディアの中の本能が目覚めてしまったのかが分からないままなんですよね。ただ、物語前半のインディアの自分に自信がなさそうな顔が、終盤には活き活きとした顔になっていたのが凄く印象的です。

とても静かで美しい映画で、特に何度も飛び散っていた血の「赤」がとても美しく描かれていた作品でした。

そしてミア・ワシコウスカちゃんの美しさね。あのニコール・キッドマンがかなり老けてみえるくらいでしたから...。あと「世界にひとつのプレイブック」に母親役で出演していたジャッキー・ウィーバーが短時間の出演でしたが、とても良かったです。

「イノセント・ガーデン」のパンフレット

トム・クルーズ主演、「トロン:レガシー」のジョセフ・コジンスキー監督のSF大作の「オブリビオン」を観てきた。

ストーリーは、
スカヴと呼ばれるエイリアンの攻撃により地球が壊滅し、生き残った人類は遠い惑星へと移住を余儀なくされる。最後まで地球に残り監視任務に就いていたジャック・ハーパーは、ある日、墜落した謎の宇宙船の中で眠っている美女を発見。彼女を保護したジャックだったが、そこへ現れたビーチと名乗る男に捕らわれてしまう。ビーチはジャックに驚くべき真実を告げ、そのことからジャックと地球の運命が大きく動き始める。

物語の展開は、モーガン・フリーマン演じるビーチが、トム・クルーズ演じるジャックに「真実」を伝え、そして共闘していくという流れになるのだろうと予告編を観た時から分かっていましたが、この「真実」の中身が自分の予想と全く違った展開になっていたので、「おお、こういう話になるのね」と、新鮮な驚きがあった映画でした。

物語の世界観も近未来物では退廃した街や廃墟などはありましたが、ジャックが生活するスペースは白を基調とした先進的で落ち着いたデザインだったのが印象に強く残っています。

オチは「それでいいの?」といった感じでしたが、124分の上映時間が全く長く感じない映画でした。

個人的に最近のトム・クルーズ主演の映画では一番のお気に入りです。

「オブリビオン」のパンフレット

トニー・レオン、チャン・ツィイー主演のウォン・カーウァイ監督作の「グランド・マスター」を観てきた。

ストーリーは、
1930年代の中国。引退を決意した北の八卦掌のグランドマスターのゴン・バオセンは、一番弟子のマーサンと、南の詠春拳のグランドマスターのイップ・マンを後継者の候補と考えていたが、バオセンの奥義を受け継ぐ娘のゴン・ルオメイも自ら名乗りを上げる。しかし、野望に目のくらんだマーサンがバオセンを殺害。ライバルでもあるイップ・マンに惹かれていたルオメイは、その思いを封印して父の復讐を誓い、後継者争いと復讐劇は複雑に絡みあっていく。

映画を観る前は、天下一武道会みたいな大会で、ひたすらに戦いが繰り広げられていくのかと思っていたら、そんなことは全くなく、後にブルース・リーの師匠となるイップ・マンの人生を通し、カンフーというものは何かを描いた映画だった。

さらに予告では、トニー・レオン、チャン・ツィイー、チャン・チェンが三つ巴で戦っているような魅せ方だったけれど、物語のメインはトニー・レオンとチャン・ツィイーの二人で、チャン・チェンは戦いではあまり絡まずに友情出演的な感じだったのが物足りなかったかな。

それでも映画冒頭の雨の中でのイップ・マンの格闘シーンや、雪が舞う中の駅のホームでのルオメイとマーサンの格闘シーンは見応えがありましたし、凄かったです。

物語はイップ・マンとルオメイの二人を軸に展開し、そこに日中戦争開戦により二人の運命が交錯してく様がとても上手く描かれていたと思います。

それにしても久しぶりにウォン・カーウァイの作品を観ました。「ブエノスアイレス」以来だから約15年ぶりくらいかな。やっぱり「恋する惑星」と「天使の涙」の印象が強いので、この「グランド・マスター」も最後まで何かあるのではと思い観ていましたが、物語が淡々と終わったのが逆に印象的でした。

最後になりますが「グランド・マスター」、とても美しい映画でした。

「グランド・マスター」のパンフレット

シルベスター・スタローンが殺し屋を演じた、ウォルター・ヒル監督作の「バレット」を観てきた。

ストーリーは、
元海兵隊員で殺し屋のジミーは、唯一心を許していた相棒を殺されたことから復讐を誓い、自分とは正反対の正義を信じる堅物刑事テイラーとコンビを組むことになる。しかし、そんな2人の前に警察やマフィアが立ちはだかる。

まあ、要するにドンパチものですわ。

殺し屋と警察が組んだバディ的な話であり、黒幕は誰だ的な話でもあり、そして家族愛を描いた映画でもあったようだったけれど、スタローンの映画にそんなものは全く求めていないんですよ、僕は。映画が始まってから上記の展開を描いていましたが、そんなものは時間の無駄だから止めて、最初から最後までドンパチやっていてくれればよかったのにと、残念で仕方がありません。それでも、銃撃シーンや射殺シーンの描き方は容赦なかったので、これはさすがウォルター・ヒル監督だと唸らさせられましたね。

そして、この「バレット」の見所がスタローンの体。もう直ぐ70歳になるとは思えない、信じられない鍛え方だったので、これだけでも映画を観る価値がありますよ。そしてラストに敵との戦いで銃を捨て、お互いが斧を手に取って戦うシーンがまさに「漢」でした。

正直、あまり面白くなかったですけど、スライファンにはマストなのではないでしょうか。あと、無意味におっぱいがたくさん観られたので、これ目当てで映画館に行くのもいいと思います。

「バレット」のパンフレット

「このミステリーがすごい!」で大賞を受賞した乾緑郎氏の原作を佐藤健、綾瀬はるか主演で映画化した「完全なる首長竜の日」を観てきた。

ストーリーは、
浩市と淳美は幼なじみで恋人同士だったが、淳美は1年前に自殺未遂で昏睡状態に陥り、いまも眠り続けていた。浩市は淳美を目覚めさせるため、「センシング」という最新医療技術を使って淳美の意識の中へ入り込み、彼女がなぜ自殺を図ったのかを探る。センシング中に出会った淳美は、浩市に「首長竜の絵を探してきてほしい」と頼み、浩市はその絵を探しながら淳美との対話を続ける。しかし、センシングを繰り返すうちに、浩市は見覚えのない少年の幻覚を見るようになる。

公開されるまでは全く知らない映画だったけれど、公開後にネット上で「凄く良かった」というような感想を多く目にしたので、「じゃあ観てみるか」と映画館まで足を運んでみたけれど、たいして面白くもなかったというのが素直な感想です。

映画の内容は浩市と淳美が何度も「センシング」をすることにより、次々を新しい情報が出てくるという謎が謎を呼ぶような展開なのだけど、この「センシング」中の意識の中の世界の描き方がイマイチというか、安っぽかったのが残念に感じましたね。

主演の佐藤健と綾瀬はるかは良かったと思いますが、女医役で出演していた中谷美紀に対して物凄く違和感が湧きまくってしまいました。主演の二人に比べると演技が深過ぎるというか、女優女優しているというか、何かこの人だけ温度が違っていたのがとても不自然に感じてしまい、中谷美紀が出てくるシーンは逆に面白くてしょうがなかったです。

そして一番違和感を覚えたのが、佐藤健と中谷美紀の会話で、「センシング」中の意識の中に出てくる人のような存在のことを中谷美紀が「それはフィロソフィカル・ゾンビよ」と、佐藤健に教えた後に佐藤健が初めて聞く言葉にも関わらず一言一句間違えることなく「フィロソフィカル・ゾンビ?」と復唱したシーンには失笑しそうになりましたよ。

それにしても綾瀬はるかはこの「リアル 完全なる首長竜の日」や「八重の桜」などに主演していますが、10年くらい前に深夜のバラエティ番組で品川庄司と共演していた時は、「太れるアイドル」というようなキャッチフレーズで頑張っていたのに、どうなるか分からないものですね。

ラストまで突拍子もない展開が続くので、あまり期待をしないで観れば楽しめるのかもしれません。あとは、オダギリジョーと染谷将太をもう少し上手く使って欲しかったなと個人的には思っています。まあ、タイトルに「完全なる」というフレーズが付くとなると、やっぱり「完全なる飼育」シリーズの方が自分は好きですね。

「リアル 完全なる首長竜の日」のパンフレット

モネ・ゲーム

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コリン・ファース、キャメロン・ディアス出演、コーエン兄弟が脚本をの「モネ・ゲーム」を観てきた。

ストーリーは、
学芸員のハリーは、印象派の巨匠モネの名画「積みわら」の贋作を用意し、詐欺をもくろむ。相棒のPJが絵画の所有者になりすまし、億万長者シャバンダーをカモにしようとするが、PJが次々とトラブルを起こし、シャバンダーの雇った鑑定士が登場するなど、完璧だったはずの計画は思いもよらない方向へと転がっていく。

驚きました。ここまで豪華な俳優が出演しているというのに、物凄くつまらなかったです。コリン・ファース(「英国王のスピーチ」でアカデミー賞主演男優賞を獲得)、キャメロン・ディアス(「マスク」でデビューした元有名モデル、とにかくエロい女)、アラン・リックマン(「ハリー・ポッター」シリーズのスネイプ先生でお馴染み)、そして脚本はコーエン兄弟(「ファーゴ」は傑作)という面子が揃っているのに、とにかくつまらなかったので、逆にどうやったらここまでつまらなくできるのかと驚いてしまいましたよ。

映画の冒頭にコリン・ファースの頭の中で今回の計画が成功して、ハッピーエンドというシーンが流れるのですが、実際の計画は上手くいかずにバタバタしてしまい、そして物語がダラダラと展開していくのですが、この映画は冒頭のコリン・ファースの妄想の中で計画が成功したシーン(約15分)で終了した方が満足度は高かったと思われます。

物語の中に典型的な日本人のサラリーマン集団が登場しますが、これは日本をバカにしているのではなく、ただ単に欧米からはこのように見られているのだと思いますね。まあ、この日本人のサラリーマンを含め、ラストにどんでん返しがありましたが、「だから何?」という感じで、ここまでのつまらなさを救ってはくれませんでした。

もしかしたら英国ジョークが分かる人なら大爆笑できる話なのかもしれませんが、繰り返しになりますが、とにかくつまらなかったです。

あと、映画のポスターには「なぜ、盗めない」というキャッチコピーがありましたが、この映画は盗みがメインではなく詐欺の話ですから、あしからず。

「モネ・ゲーム」のパンフレット

ニューヨークで50年以上に渡り、ストリートスナップを撮り続け、「ニューヨークタイムズ」でファッションコラムを担当しているフォトグラファーのビル・カニンガムの姿を映したドキュメンタリー映画の「ビル・カニンガム&ニューヨーク」を観てきた。

 

ストーリーは、
50年以上にわたりニューヨークの街角で毎日ファッショントレンドを撮影し、ニューヨーカーたちに愛されているカニンガム。しかし、親しい業界人ですら、そのプライベートを知る者はほとんどいないといわれている。そんなカニンガムに2年間にわたり密着し、カニンガムの知られざる私生活や仕事ぶりを映し出す。

 

正直、ビル・カニンガムとう人は知りませんでしたが、この映画を観た率直な感想としては、「こんな世界もあるんだな」というものでした。現在、84歳という年齢にも関わらず、雨の日だろうとニューヨークの街に出て、ストリートスナップを撮り続けている姿には圧倒され、映画にどんどんと引き込まれていきました。

 

ファッションを題材にした写真を撮り続けているのに、自分の服装はポケットが多い実用的な青い作業着だし、雨用の合羽は黒いゴミ袋に穴を開けて着ていたりと、ファッションよりもあくまでも写真を撮影するための機能性を重視したものを着用している姿はとても印象に残りました。

 

ヴォーグの編集長のアナ・ウィンター(「プラダを着た悪魔」でメリル・ストリープが演じた女編集長のモデルとなった人)には、「ビルに撮られるために毎日服を着ている」とまで言わせ、パリコレのショーに顔パスで入れる等が、ビルがいかに認められているかを表していると思いますが、「働いているのではなく、好きな事をしているだけだ」と、言いきれてしまう人間性が全てなのだと思います。

 

映画の終盤にビルのプライベートについて質問された時に、しばしの沈黙の後に自らの事を語りだすシーンは、心に響き、感動させられました。

 

とにかく素敵な映画でした。できれば自分も彼のように素敵な歳の取り方をしたいと思っています。

「ビル・カニンガム&ニューヨーク」のパンフレット

大泉洋と松田龍平が探偵と助手を演じた、東直己原作の「探偵はBARにいる」シリーズを映画化した第二弾の「探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点」を観てきた。

ストーリーは、
ススキノの探偵と相棒兼運転手の高田は、相変わらず危ない仕事で日銭を稼ぐ日々を送っていた。そんなある日、友人だったオカマのマサコちゃんが殺害される事件が発生。警察の捜査は遅々として進まず、探偵が独自に調査を始めるが、事件の背後にカリスマ政治家の影がちらつく。やがてマサコちゃんが熱狂的ファンだった美人バイオリニストの弓子が現れ、探偵に事件の真相を暴くよう依頼する。

シリーズ第一弾の「探偵はBARにいる」が公開されてから約1年半経ってからの続編公開となりましたが、良くも悪くも前作を踏襲した作品でした。

ストーリーもイマイチ繋がりがないような展開でしたし、オチも微妙だったけれど、何よりも残念だったのが、前作と同様にカメラのアングル、カット割りが不自然なのが変わっていなかったことだったけれど、ある意味、徹底しているなと感心してしまいましたよ。

ただ、この「探偵はBARにいる」の世界観が好きだった人には、たまらない映画になっていることだろうと思います。

それでも主演の大泉洋は良かったですね。逆に言うと、大泉洋が出演していなければ、観るに耐えない映画になっている事だと思います。助手役の松田龍平のぼーっとした役が、朝ドラの「あまちゃん」に登場している松田龍平の役と被っている印象を受けてしまい、映画を観ている間はそのことばかり頭に浮かんでいましたよ。

渡部篤郎が政治家役で出演していましたが、この二人がやりあっていたシーンを観ていたら、以前に東京国際フォーラムで行われた「レイトン教授と魔神の笛」のイベントで大泉洋と渡部篤郎が登壇して、二人が会話をしているのを生で観ていたので、これはこれで映画の内容とは別に面白かったです。

他にも尾野真千子とゴリが出演していましたが、尾野真千子は尾野真千子のままで、ゴリは意外と良かったです。あと、物語の中で大泉洋と松田龍平をしつこく襲うマスクをした軍団が出てきましたが、この軍団が出てくるシーンは、なぜかゾンビ映画を観ているような感覚になってしまいました。

原作のシリーズがかなり出ているようなので、今後も映画化をされると思いますが、大泉洋に頼らないで、もう少しクオリティを上げて欲しいと思いますわ。

「探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点」のパンフレット

ブラッド・ピットが殺し屋を演じたアンドリュー・ドミニク監督の「ジャッキー・コーガン」を観てきた。

ストーリーは、
「優しく、殺す」をモットーにする殺し屋ジャッキーは、「ドライバー」と呼ばれるエージェントから、賭博場強盗の黒幕を捜索する依頼を受ける。ジャッキーは前科のあるマーキーを探し出すが、実際に強盗を仕組んだのは別の悪党3人組であることが発覚。さまざまな思惑が交錯するなか、ジャッキーは事件にかかわった人間を皆殺しにすることを決める。

ブラッド・ピット主演作にしては、公開前にメディアへの露出もそれ程なかった影響か、あまり盛り上がらないまま公開を迎えてしまった印象のある「ジャッキー・コーガン」ですが、この露出が少ないことも映画を観て納得しました。

要するに面白くない映画だからなんですよね。

物語はブラッド・ピットが演じる殺し屋のジャッキー・コーガンが事件に関わった人間を殺すというのが軸になっているけど、殺しのシーンによりも登場人物同士の会話がメインになっている感があり、最初から最後まで、とにかくよく話をする映画だったなという印象だけが残っています。

同じく会話がメインとなっている映画で思い浮かぶのが、クエンティン・タランティーノの映画ですが、この「ジャッキー・コーガン」とタランティーノの映画が決定的に違うのが会話の内容。タランティーノの映画の会話は面白く、テンポが良いので、会話を長く聞かされても何の問題もないけれど、「ジャッキー・コーガン」の中で展開される会話は、つまらないし、テンポも悪いので、とにかく退屈。自分には「ラリホー」の呪文のように聞こえてきてしまい、気がついたら軽く眠りについていましたよ。

で、この散々な「ジャッキー・コーガン」でしたが、レイ・リオッタの存在が僕を救ってくれました。何年ぶりにレイ・リオッタを観ただろうか。とにかく懐かしく、個伊良部秀輝氏にそっくりな風貌を観ているだけで自分はニヤニヤしてしまいましたし、冴えないチンピラ役は完全に当たり役でしたね。次はできるだけ短いスパンでスクリーンでレイ・リオッタの姿を拝みたいものです。

という事で、「ジャッキー・コーガン」はブラッド・ピット好きよりも、レイ・リオッタ好きにお勧めできる映画と断定できます。

「ジャッキー・コーガン」のパンフレット

2012年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したミヒャエル・ハネケ監督の「愛、アムール」を観てきた。

ストーリーは、
音楽家夫婦のジョルジュとアンヌは、パリの高級アパルトマンで悠々自適な老後生活を送っていた。しかし、ある日突然、妻のアンヌが病に倒れ、手術も失敗して体が不自由になってしまう。ジョルジュは病院嫌いな妻の願いを聞き、車椅子生活になったアンヌを支えながら自宅で暮らすことを決意。2人はこれまでどおりの生活を続けようとするが、アンヌの病状は悪化していく。

凄い映画でした。映画を観る前に自分が想像してた内容をはるかに上回っていました。絶対に号泣できる映画だと思っていましたが、圧倒的な内容に涙を流す事などできないまま、物凄い衝撃を受け、映画が終わりました。

辛い、切ない、悲しい。どんな言葉を用意してもこの映画の内容を表すのは軽過ぎると思います。

高齢者の介護を高齢者が行う。現実の世界ではもっと厳しい現場なのだと思うけれど、それでもこの題材と真正面から向き合い、目を背ける事なく映画を撮りきったミヒャエル・ハネケ監督の手腕には脱帽です。

映画の大部分はパリのアパルトメントの3〜4室のみで展開され、登場人物も数限られていたので、この動きのない映画で最後まで飽きさせる事なく映画を観させてくれたのは、監督の手腕と俳優の演技の上手さに尽きると思います。

病魔に蝕まれていく妻を献身的に介護するジョルジュを演じたジャン=ルイ・トランティニャンの静かな演技、そして、体の自由を奪われていく様を見事に演じ、切な過ぎる演技をみせてくれた、アンヌを演じたエマニュエル・リヴァ。さらにミヒャエル・ハヌケ監督の「ピアニスト」にも出演していたイザベル・ユペールも二人の娘役で出演し、好演をしていました。

映画を観終わった後のしばらくは、がつんと殴られたような感じになってしまいましたね。

とても素晴らしい映画でしたが、もう一度観るかと聞かれたら、「う〜ん」という答えになってしまいますね。

「愛、アムール」のパンフレット

2014年3月

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