東マラへの道の最近のブログ記事

「東京マラソン2011」の結果が届きました。

結果は、2年連続の落選となってしまいました。

今年は根拠のない自信があって、走れる予感がしていたのですが、
やはり現実は甘くはなかったようです。

今思うと、2009年に東京マラソンを走れたというのは
凄く光栄な事だったのだと、今更ながら実感しています。

今年は阿修羅のコスプレか、スーツで42.195kmを走る予定でしたが、
これも来年以降に持ち越しとなりました。

という事で、今年の東マラへの道は今回で終了です。

また来年。

でも、本当は当選してたりね・・・。

今年も東京マラソンが開催されました。

今年は抽選に外れてしまったため、走ることができなかったけど、
知り合いのHさん(@アル中気味)が、めでたく当選したので、
応援にまわり、去年とは違った景色を見ることになりました。

昨日までの温かい気候が嘘のような
みぞれ混じりの肌寒い天候で幕を開けた今年の東京マラソン。
昨年も午後からは土砂降りになった事を思い出しつつ、
今までの4回の大会中、無事晴れたのは1回だけしかないので、
何かに呪われているのでは?と勘ぐってしまう。

Hさんはマラソン初心者なので、ゴールまで時間がかかると思い、
昼過ぎに携帯に電話をしてみたら、
何と16キロ辺りで足が攣ってしまい、リタイアしたと告げられてしまった。

リタイアした選手が収容され、
荷物があるビッグサイトまで護送されるバスの中の写真らしいです。

収容者の中

その後、銀座の天龍の近くで見物をしたのですが、
知り合いが走っていなかったため、あまり高揚する事も無く、
数分で切り上げてしまいました。

東京マラソン2010

今年の大会を見物する事によって、
やっぱり、東京マラソンは自分が走ってナンボだと強く感たので、
来年の大会には絶対に戻って来ようと誓いました。

Hさん、本当にお疲れ様でした。
ゆっくり酒を飲んでください!

「東京マラソン2010」の結果が届きました。

残念ながら今回は落選でした。

何だかホッとしたような、悔しいような、何とも言えない心境です。

でも、今回の落選を機に、
ずーっと休会していたスポーツジムを退会することを決意しました。

体を鍛えるならジムではなく、
前回の大会用に買ったシューズを使って走ろうと思います。
経費削減にもなるしね。

ということで、今シーズンの東マラへの道は早くも終了となりました。

また来年。

でも、本当は当選してたりね・・・。

今日から東京マラソン2010のエントリーが開始となりました。

今年はエントリー期間が
8月1日~8月31日の1ヶ月間と短くなっているので、
注意しましょう。

エントリーはここからできます。

業務連絡ですが、
ムササビさん、えびせんさん、UNAさん、Mさん(@鉄子)は
必ずエントリーしてください。

自分も2年連続の東京マラソンを目指して、
エントリーします。

前回に無事、感動の最終回を迎えた
「東マラへの道」だけど、速攻で復活です。

年末に有楽町のアートスポーツで
ランニングシューズを購入した時から気になっていた
ウィンドブレーカーの上下セットが
スポーツオーソリティーの隅っこで寂しく
セール価格で売られていたのを発見し、購入してしまった。

ウィンドブレーカー上 ウィンドブレーカー下

アシックスの「東京マラソン2009」記念モデルで、
右腕と右足の部分に「TOKYO MARATHON 2009」のロゴが入っている。

ウィンドブレーカー上の右腕部分のロゴ ウィンドブレーカー下の右足部分のロゴ

上下の色が青と紺で違っていて、
果たしてセットアップだったのかどうかは、
今となっては年末の記憶が甦らないので微妙だけど、
「まあ、いいか」と買ってしまった。

個人的にマラソンの用具一式は
勝手にアシックスと契約しているので、
今回、このウィンドブレーカー上下をゲットし、
マラソン用具一式はコンプリートとなり
いつでも練習に臨める環境になった。

ただ、これから夏に向けて長袖、長ズボンは着ないよなあ。
それに暑いから走るとも限らないしね。

まあコイツらも「東京マラソン2009」を走った記念グッズとして
良き思い出の仲間入りとなりましたとさ。

多分、これで本当に最終回のはず。

東京マラソン2009が終了してから2ヶ月以上が経過しましたが、
皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

私はあれだけ痛かった左膝の痛みが消えていくのと同時に
あの辛かった東京マラソンの42.195kmも
懐かしい記憶へと変化しつつあります。

そんな平穏な日常を打ち破る
アイテムが今日我が家に届いた。

東京マラソンメモリアルグッズの
メモリアルフレームと携帯ストラップだ。

この東京マラソンメモリアルグッズには
・名前
・ゼッケン番号
・完走タイム
が入れられる、自分専用のオリジナルな商品が売り。

注文した事自体、忘れていたけれど、
東京マラソン終了後に興奮しながら注文したような気もする。

で、メモリアルプレートと携帯ストラップの
実物を手にとってみてビックリ。

メモリアルフレームが物凄くちゃちいの。
中学生の工作レベルの出来なの。

メモリアルフレーム

こんな物に5,000円も払ったのかと愕然とするのと同時に
20,000円のゼッケンと記録証を飾れる
フレームを注文しなくて良かったと安堵した。

本当はこのメモリアルフレームに完走メダルを飾れるのだけど、
これに飾ったら完走メダルに申し訳ないと思い、
飾らないことに決めた。

一応、苦しみながら完走して手に入れたメダルだから
こんな粗末なフレームと一緒にはできないよ。

でも携帯ストラップは普通な出来で、
普通に記念になるアイテムだった。

携帯ストラップ

これなら携帯ストラップを2つ注文して、
携帯用と保存用にすればよかったと少し後悔している。

そんなこんなで、全部で24回続いた
東京マラソンへの道も今回で本当に終了。

次、復活する時は
東京マラソン2010にエントリーできたらだね。

それまではしばらくお休みです。

あの激闘から早1ヶ月。

まだ左膝に痛みが残るものの、
あの苦しさが良い思い出に変わりつつある今日この頃。

東京マラソン2009記録証が届いた。

東京マラソン2009記録証

想像していたよりも安っぽい出来で、
「もう少し上質な紙を使ってもいいのでは」と
一言物申したい記録証だった。

記録証には正式なタイムが記載されていて、
各部門毎の順位も記載されている。

この順位を見て、がっかり。
いかに自分が無様だったかを改めて思い知った。

●記録:6時間31分00秒
(スタートの号砲が鳴ってからゴールまで)

●ネットタイム:6時間18分16秒
(スタートラインを通過してからゴールまで)

●順位:21682位 / 22789位
(マラソン男子)

いや~、後ろに1,000人しかいませんよ。
あの後半を思い出せば当然だけどね。

こうやって改めて自分の記録を見ると
東京マラソンにリベンジしたいと思ってしまう。

次はいつ東京マラソンにエントリーできるかわからないけど、
ちゃんと練習を積んで、5時間30分の壁に挑戦、
さらには4時間台を目指したいと思う。

本当に、また走りたいものだ。

記録証と一緒に完走者全員の記録が掲載された
産経新聞が同封されていた。

産経新聞保存版

自分の名前があることを確認し、
紙面に目を通すと、ありました。
あの「ふなきさん」の雄姿が。

ふなきさんの雄姿

そりゃあ、カメラマンも逃さないよな。

●東京マラソンを振り返って-総括-

フルマラソンを完走すると
「人生が変わる」とか
「物凄い達成感がある」とか
色々と話を聞いていたけど、
今回の自分に関してはそんな事はなかった。

これは42.195kmの約1/3を
歩いてしまったからだと思う。

そのため自分としては「完走」をしたとは思ってなく、
あくまでも「ゴール」をしたという感じ。

途中で何度も弱気になり、
リタイアすることが頭をよぎったけど、
観衆の方々の応援や、
周りに自分と同じく足を引きずりながら
ゴールを目指している人達がいたお陰で
自分もどうにか頑張れたと思う。

あと、「この東京マラソンの準備のために
ウェア、シューズ等に幾ら使ったと思ってるんだ!」
というせこい気持ちも
自分を押し動かしていたのも事実である。

ここでタイムを振り返ると

   合計時間  5kmの時間  通過時間 

5km 00:45:02         09:55:02
(Mさんと会い損なう:かなり順調)

10km 01:17:52  0:32:50  10:27:52
(10kmゴール地点の日比谷公園通過:まだまだ順調)

15km 01:57:32  0:39:40  11:07:32
(トイレに寄った為、5分位のロス:まだ順調)

20km 02:34:08  0:36:36  11:44:08
(右足に痛みが出てくる:順調ではない)

25km 03:23:17  0:49:09  12:33:17
(救護所に寄った為、10分位のロス:緊急事態)

30km 04:20:52  0:57:35  13:30:52
(左足の膝に痛みが出てくる:痛恨の一撃)

35km 05:13:58  0:53:06  14:23:58
(両足の痛みで歩き始める:もう無理)

40km 06:07:51  0:53:53  15:17:51
(完全に徒歩:本当に無理)

Finish 06:31:00 0:23:09  15:41:00
(最後は嵐の中ゴール:やっぱり無理)

マラソンのタイムを計っていた時計

前半は5km、30分台で順調だけど、
後半は歩いてしまったので、
5km、50分台と情けない結果に。

こうやって自分の走りを振り返ると、
フルマラソンの後半の辛さが浮かんでくるけど、
それと同時に42.195kmのほとんどの距離を
走ってゴールした平井理央って本当に凄いと思う。
応援した甲斐があったてもんだ。

ゴール後も大変で、
緊張の糸が切れたのか、少し休んだせいなのか、
両足の痛みが歩けない程の激痛にパワーアップし、
真剣に車椅子を借りようか迷う痛みだった。

ビックサイトから彼女の肩を借りて
どうにか電車に乗って帰り、
湿布を15枚貼って眠りについたが、
体中の痛みが酷く、あまり眠る事ができなかった。

東京マラソン当日に貼った湿布

この痛みは東京マラソンが終わってから4日経つ今でも、
左足に確実に残っており、
ユージュアル・サスペクツ」の
ケビン・スペイシーのような歩き方しかできなくなっている。

今回の東京マラソンを走ってみた感想は
前半は楽しく、後半は辛かった。

できれば42.195kmのほとんどを走ってゴールしたい、
本当の「完走」をしたいという気持ちがある反面、
あんなに辛い体験はもういいだろうという気持ちが
同居しているというのが正直な気持ちだ。

なので来年の東京マラソンの抽選にもエントリーし、
当ったら今年よりいいタイムでコスプレをして走る。
外れたら当然だけど走らない。
こんな気持ちで臨みたいと思う。


11月末から連載が始まった「東マラへの道」ですが、
東京マラソンも無事終了したので、
今回の更新で一区切りとします。

今後は記録証やグッズが届いたら更新しますが、
基本的には今回で最終回です。

もし来年も間違って当選した暁には
「帰ってきた東マラへの道」として復活する予定です。

今までご愛読ありがとうございました。

●東京マラソンを振り返って-銀座からゴールまで-

東京マラソンの一番の見所である
銀座に突入したが、
走る前に想像していた程の感動はなく、
日曜の歩行者天国と同じ感覚しかなかった。

アップルストア銀座前

で、この銀座に突入した辺りから
右足に痛みを感じるようになり、
この痛みは24km地点の日本橋を通過する頃には
走るのが辛くなる程の痛みになってきた。

明治座

ここでたまらず救護所に寄り、
スプレーで痛みを和らげてもらおうと思ったら
まさかの回答が返ってきた。
「スプレー終わりました。次の救護所に行ってください」

信じられない回答に唖然としたが、
痛みがどうにも治まらないので
とりあえず湿布を貼ってもらい救護所を後に。
ただ、ここで一度シューズを脱いだことが
後に靴擦れを起こす要因となってしまった。

その後は痛みのためペースダウンし、
気力を振り絞って雷門を目指し走り続けたが、
その際の心中は
「なんでこんな遠くまで行かなきゃいけないんだ」
というダークな気分一色だった。

雷門

どうにか雷門を通過し、30kmを過ぎた辺りから
今度は左足の膝が痛くなり始め、
これが致命傷となり、再び銀座に戻ってきた時には
最早、走る事は出来なくなっていた。

歌舞伎座

その後は関門閉鎖の時間と戦いながら、
佃大橋に突入。
この頃には周りには自分と同じく
足をひきずる人や、足が痙攣して飛び跳ねている人、
足が攣って倒れている多数の人々で、
まるでベトナム帰りの負傷米兵の行列のような光景だった。

佃大橋を渡り、ららぽーと豊洲に差し掛かった辺りで
もの凄い突風を伴う横殴りの雨に遭遇。
天候の変化に伴い、気温も下がってきて
寒いわ、痛いわの二重苦のためか、
何故か頭にららぽーと豊洲の宣伝をしている
松本幸四郎が浮かんできてしまい、
「松本幸四郎許さん!」
というダークな気分に再び陥ってしまった。

土砂降りの雨が降り続く中、
着実にゴールは近づき、40kmを通過した時には
三度ダークな気分になり、
「2.195kmって何だよ!」
と三村ばりの突っ込みを心の中で繰り返していた。

どうにかゴール前まで辿り着き、
最後は無理をして走ってゴール。

ゴール前の最後のストレート フィニッシュ

ゴール後にBSフジにインタビューを頼まれたけど、
「寒いからヤダ」と言って丁重にお断りし、
メダル、タオル、サロンパス等を受取り、撤退。

マラソン終了後は
イベントブースで元ヤクルトの古田や
レスリングの山本姉妹のトークショーを見て帰りました。

トークショーの古田

(あと1回続く)

●東京マラソンを振り返って-スタートから銀座まで-

東京マラソンのスタート場所、
都庁前は人・人・人で溢れていて、
着替え → 荷物預け → スタートエリアへ集合という
普段であれば15分位で終わるようなことも
実際には30分以上も要した。

ただ会場全体の雰囲気はとても楽しく、
スタートエリアに入ってから
スタートまで30分以上待ったけど、
長く感じる事もなく、変な高揚感に包まれていた。

自分のいたJエリアは後方のため、
スタート地点で何をやっているのかはわからないけど、
歓声が聞こえてきては周りの人たちと盛り上がっていた。

スタートエリアJの様子

9時10分に号砲が聞こえ、先頭がスタートしたようで、
その後、ゆっくりと歩き出し、
自分がスタートゲートを越えたのは
約10分後の9時20分頃だったと思う。

スタート地点に到達 石原慎太郎都知事

練習では一人で走っていたので
周りに人が溢れている状況で走るのは初めてだったので、
新鮮な気分で楽しく、
更には沿道で音楽の演奏などもあり
走りながら「何て楽しいのだろう」と思いながら
走る事ができた。

スタート直後の新宿

スタート後は順調で
5km地点の飯田橋にMさん(@鉄子)が
応援してくれている地点を目指し走り続けた。

が、ここでトラブルが発生し、
・近くを走っていたオッサンが走りながら前のめりに倒れ大混乱
・5km地点が初めての給水地点のため、ランナーで大混乱
・自分がMさんが応援している場所を勘違いしていた
という事が重なり、まさかの通過となってしまった。

本当の原因は3つ目の自分の勘違いです。
Mさん本当に申し訳ありませんでした。

その後は皇居を通過する際に
アニマル浜口を発見したり、
日比谷公園を通過する際には
10kmでゴールしているランナーに
羨望の眼差しを向けたり、
職場の前の通過したりして順調に走り続けた。

皇居辺り

13km地点でトイレ休憩のため
行列に並ぶなどして5分位のロス。
その後コースに復帰したけど、
一度休んだせいか、股関節に違和感を感じるようになった。

しかしこの違和感も走り続けていると消え、
東京タワーを眺めながら折り返し地点を目指し、
松村邦弘が倒れた地点も通過し、無事折り返し。

東京タワー 折り返し地点

折り返し後は本当に順調に20km地点まで行ったが、
中間地点の手前辺りで激しい雨に遭遇。
JRの高架下で雨用の装備を整え、再出発。

高架下で雨具の装備

数寄屋橋近くで応援してくれていた
Hさん(@あと少しでアル中)の激励を受けて
銀座に突入していった。
Hさん、雨の中ありがとうございました。

本当にここまでは順調で楽しく走る事ができた。

だが、この先の銀座から地獄が待っていた・・・。

銀座に突入

(あと2回続く)

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